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東京地方裁判所 昭和53年(合わ)315号 決定

主文

検察官申請の別紙記載のビデオテープは同立証趣旨記載の各事実に関し証拠として採用する。

理由

一検察官は、別紙記載のビデオテープ(以下「本件ビデオテープ」という。)は、警察官が磁気録画装置を使用し、日本テレビ放送網株式会社(以下「NTV」という。)において、昭和五三年三月二六日午後六時のニュースとして放映した画面等を、そのまま正確に録画したものであるところ、右ニュース画面には別紙立証趣旨記載のとおりの被告人らの犯行状況が映つており、関連性もあるので証拠として採用されたい旨主張し、これに対し、弁護人らは、本件ビデオテープは、NTVが本件現場で独自に取材して一般に放映したニュースを、警察官が磁気録画装置を使用してNTVに無断で録画したものであるから、報道機関の取材の自由等を侵すことになり、本件犯罪事実立証のための証拠として使用することは許されない旨主張し、その理由として挙げている法的根拠は(必ずしも明確でないが)、(1)本件ビデオテープは違法収集証拠であるから排除されるべきである、(2)本件ビデオテープを刑事裁判の証拠として使用することはいわゆる証拠禁止に該当して許されない、(3)いわゆる司法の廉直性の維持といつた見地から、本件ビデオテープは証拠としての許容性がない、の三点であると思われる。

そこで以下順次検討することとする。

二1  弁護人らは、警察官が本件犯罪事実立証のための証拠として使用する目的で、本件テレビニュースをNTVの承諾を得ないで録画したことは、実質的には本件テレビニュースの原フィルムを令状なくしてNTVから押収したと同視すべき行為であり、また、著作権法や憲法二一条に違反する行為であるから、本件ビデオテープは違法収集証拠として排除されるべきであると主張する。しかし、一般に放映されているテレビニュースを磁気録画装置を使用して録画することが押収に該当しないことは多言を要しないところであり、また、法令により特に禁止された場合以外は、テレビニュースとして一般に放映されたものを、何人が受信し、録画しようとも、なんら違法視される筋合いのものではなく、捜査機関においてテレビニュース等を録画すること、それ自体が報道の自由や取材の自由を侵害するとは考えられないし、更に、本件テレビニュースが著作権法上の著作物に該当するとしても、捜査機関が捜査の目的又は刑事裁判に使用する証拠を収集する目的等でそれを録画することは、同法四二条により許されているものと解されるから、以上いずれの観点からしても、本件ビデオテープが違法に収集されたものであるとは言い難い。また、仮に違法収集証拠であるとしても、被告人らにはその排除を申し立てる適格がないと解される。なぜなら、違法収集証拠が証拠として排除され得るのは、当の被告人に対する証拠収集手続に重大な違法があり、その収集の結果得られた証拠を利用してその被告人を処罰することが、正義の観念に反することを理由とするものと考えられるから、第三者の権利が侵害されることを理由に異議を申し立てることは許されないと解されるからである。本件の場合、弁護人らが主張する報道の自由、取材の自由及び本件テレビニュースの原フィルムの権利主体は、いずれも報道機関であるから、違法収集証拠であることを理由に本件ビデオテープの証拠排除を申し立てる適格が被告人らにないことは明らかである。

2  次に、本件ビデオテープを本件犯罪事実立証のための証拠として使用することは報道機関の有する広い意味での取材源秘匿権を侵害することになるから、証拠禁止に触れる証拠として排除されるかどうかについて判断するに、右取材源秘匿権の主体は報道機関であるから、これまた被告人らには右特権を理由として証拠排除を申し立てる適格がないと言わざるを得ない。

3  最後に、訴訟法上証拠能力が認められても、司法の廉直性を維持し、司法に対する国民の信頼を確保する必要がある場合には、裁判所として当該証拠の排除を必要とされる場合があり得ると考えられる。

そこで、本件ビデオテープを本件犯罪事実立証のための証拠として使用することが、報道機関の取材の自由を著しく侵害することになるかどうかを検討する。

まず、報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、いわゆる国民の「知る権利」に奉仕するものであるから、報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもなく、また、このような報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由もまた、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑事二三巻一一号一四九〇頁参照)。

しかし、右最高裁決定は本件と事案を異にしているので、右決定をそのまま本件に適用することはできない。すなわち、右決定は、報道機関が取材し、保管する未放映の部分を含む原フィルムにつき、裁判所が刑事訴訟法九九条の提出命令を発し得るか否かに関する判断であるところ、本件の場合は、報道機関が一般に放映したニュースを、捜査機関において無断で録画したビデオテープを犯罪事実立証のための証拠として採用できるか否かに関するものであるので、報道機関に対し強制的に証拠の開示を求めるものではない点、未放映の部分を全く含んでいない点、原フィルムではない点等において事案を異にするのである。したがつて、弁護人らの「本件ビデオテープの採否にあたつては、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重及び取材したものの価値、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに、報道機関の取材の自由が妨げられる程度及びこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきである。」との右決定を当然の前提にしての立論は、当裁判所として採り得ない見解であると言わざるを得ない。したがつて、一般に放映されたニュース等を録画したビデオテープの証拠として許容性については、右決定の趣旨を尊重しながらも、それとは別個に検討されるべき問題であると考える。

ところで、テレビニュースの画像は報道機関の取材行為の結果得られた情報であるから、取材行為そのものとの直接の関係はない。しかし、報道目的で取材された情報が報道目的以外の刑事裁判の証拠として使用されると、以後取材に協力しないとか、取材を妨害する等将来の取材がしにくくなることは考えられないわけではない。かかる将来における自由な取材を確保するためには、報道機関が報道目的で、内密な信頼関係を通じて取材した場合の取材源やそういう関係を通じて得た情報の開示を強制されないことが必要である。したがつて、報道機関に対し、取材源との内密な信頼関係(但し、社会通念上保護に値する場合に限る。)を通じて取材されたその取材源や情報の開示を強要することは、報道機関の有する取材権を侵害することとなるものと解される。(なお、付言すると、右のような検討の結果、報道機関の有する取材権を侵害すると認められた場合にも、それによつて直ちに当該証拠が排除されるわけではなく、それに加えて、前記最高裁決定に判示されているような慎重な利益衡量をする必要があり、その結果取材権が公正な裁判の要請に優先すると認められた場合に初めて、司法の廉直性の観点からする当該証拠の排除が肯定されるべきものであると考える。)

これを本件について見るに、本件テレビニュースは、成田空港の管理棟一階玄関ロビー及び一六階管制室という外部からも十分観察可能な場所で、衆人環視のもとに行われた被告人らの犯罪の模様を撮影したものであつて、取材対象との内密な信頼関係を問題にする余地はなく、その信頼関係が保護に値するものとは考えられないし、更に、本件ビデオテープに録画されている映像はすべて、NTVにおいて、昭和五三年三月二六日午後六時のニュースとして、一般に放映済みのものであつて、NTVが、取材結果をどのように編集し公表するかの判断を下したうえで、自ら情報を公開したものであるから、情報の開示を強制されたものでないことも明らかである。したがつて、本件ビデオテープを本件犯罪事実立証のための証拠として使用することは、なんら報道機関の取材権を侵すものではなく、また、司法の廉直性の観点からの証拠排除にも該当しないことはもちろんである。

以上のとおり、弁護人ら主張の本件ビデオテープは証拠としての許容性がないとする法的根拠は、すべて理由がなく、本件ビデオテープを本件犯罪事実立証のための証拠として使用することは、許容されるものと言うべきである。

三このように、本件ビデオテープを刑事裁判の証拠として使用することは法律上問題がないのであるが、さればと言つて捜査機関がもつぱらテレビニュースを立証に利用するような運用になることは、国民の「知る権利」と表裏一体の報道・取材の自由の重大性及び法の適正な手続の要請にかんがみ、避けられるべきである。したがつて、本件のようなビデオテープを証拠として採用すべきかどうかの判断に当たつては、安易にその必要性を認めるべきではなく、当該事件が重大であつて、他に適切な証拠がないような場合において、補充的に、証拠として採用できると解するのが相当である。

以上の見地に立つて本件について見るに、本件の凶器準備集合罪等被告事件の審理の対象は、被告人一四名を含む約二〇名の者が、共謀のうえ、いわゆる成田空港開港阻止闘争の一環として、凶器を準備して集合し、開港直前の成田空港管理棟に侵入し、火炎びんにより警察官に火傷を負わせ、ハンマー・バール・鉄パイプ等を使用してマイクロ通信室及び管制室内の機器やパラボラアンテナ・導波管等を破壊し、航空管制通信官や航空管制官の業務を妨害すると同時に、同空港周辺及び東京飛行情報区内の空域を航行する多数の航空機との通信を阻害し、これに伴う事故を惹起するおそれのある状態を作り出して航空の危険を生ぜしめたという重大な犯罪であつて、被告人らは右事実を全面的に争つており、個々の被告人がどのような具体的行為を行つたか等の点について容易に立証できる事案ではないところ、別紙立証趣旨(一)記載の事実については、被告人らを追つて玄関ロビーへ来た警察官や、急を聞いて玄関ロビーへ駆け付けた警察官はいたものの、彼らは、不意を突かれて混乱状態に陥つていた玄関ロビー内で、拳銃を構えて火炎びんを下に置くように命じたにもかかわらず、それを無視し、なおも火炎びんや鉄パイプ等で武装し、抵抗する気勢を示す多数の被告人らを規制したり、火炎びんの火を消したりするのに精一杯で、渦中の当事者として、犯行現場全体を客観的に観察する余裕などなく、その現認状況は各自の規制活動を中心とした断片的なものにすぎず、他に警察官撮影の現場写真等は全く存在しないし、立証趣旨(二)記載の事実については、被告人らが管制室の窓ガラスを外部から破つて侵入しようとしている犯行状況の現場写真は多数あるものの、被告人らの占拠によりいわば密室状態となつた管制室内における被告人らの犯行状況については、被告人ら及び共犯者の供述以外にこれを立証する適切な証拠が他にないこと等の事情がうかがわれるので、右立証趣旨記載の各事実を立証するため本件ビデオテープを証拠に採用する必要性は強いと言わざるを得ない。

四最後に本件ビデオテープの証拠能力について検討する。

本件ビデオテープは、テレビニュースの映像すなわちその放映に使用されたテレビフィルムの写しであるから、右ビデオテープの証拠能力を肯定するためには、写しの真正なることと原フィルムの証拠能力が肯定されなければならない。ところで、テレビフィルムは、光学的・科学的原理を応用して機械的・科学的に作成され、供述の要素を含まないものであるから、非供述証拠と考えるべきであり、立証事実との関連性が明らかになれば証拠として採用できるものと解すべきである。

そこで検討すると、証人鈴木操の当公判廷における供述によると、本件ビデオテープは、同人が昭和五三年三月二六日午後六時から、警視庁本庁舎内で、磁気録画装置を使用し、NTVが同日午後六時のニュースとして放映した画像をそのとおり機械的に正確に録画したものであることが認められる。また、〈証拠〉並びに刑事訴訟規則一九二条により検討した奥村重定作成の写真集を総合すれば、被告人らが、昭和五三年三月二六日午後一時一五分ころ、管理棟一階ロビー付近において、火炎びんを炎上させた状況及び同日午後一時四五分ころ、管理棟一六階管制室内において管制機器類を破壊している状況が本件ビデオテープに映つていることが認められる。そして、本件ビデオテープの画面と原フィルムの画像とが同一であることは前記認定のとおりであるから、原フィルムと本件立証事項との間に関連性があることは明らかである。(なお、念のため付言すると、原フィルムの撮影者・編集者を証人として尋問することが可能であれば、それが関連性を立証するための証拠方法として最良の方法と考えたが、証人奥村重定の当公判廷における供述によれば、NTVでは、右撮影者や編集者を明らかにしないばかりか、本件ビデオテープを本件犯罪事実の立証に使用することに関し、一切の協力を拒否する意向を示していることがうかがえるので、前記証拠により関連性を認めたものである。)

また、撮影日時・場所・方向あるいは撮影過程や編集過程における正確性は証明力の問題であるが、当裁判所としては、それらの点についても、他の証拠と対比して慎重に信用性を判断することは言うまでもない。

以上の次第で、本件ビデオテープの証拠能力は肯定されるものと考える。

(花尻尚 三上英昭 山田公一)

別紙

一 ビデオテープ二巻(ソニーKCA三〇、東地領第五一六二号符一〇九及び符一一〇)

但し、日本テレビ放送網株式会社昭和五三年三月二六日午後六時のニュースとして放映された分の画面部分(音声を除く。)

二 立証趣旨

(一) 被告人らが昭和五三年三月二六日午後一時一五分ころ、管理棟一階玄関ロビー付近において警察官椎名政和らに対し火炎びんを投げつけて炎上させた犯行状況。

(二) 被告人らが同日午後一時四五分ころ管理棟一六階管制室内において、管制機器類をハンマー様のもので破壊した犯行状況。

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